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東京高等裁判所 平成4年(う)687号 判決 1992年12月16日

本店所在地

東京都武蔵野市中町一丁目二三番一号

株式会社

伊勢屋

右代表者代表取締役

園部伸子

本店所在地

同都新宿区新宿一丁目九番一号

株式会社マックホームズ

右代表者代表取締役

杉山時矢

本籍

同都武蔵野市西久保二丁目二六番地一一

住居

同市西久保二丁目五番一二号

会社役員

園部一豊

昭和一九年三月二日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成四年四月二八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人からそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官町田幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人土屋東一名義の控訴趣意書に記載のとおり(いずれも量刑不当の主張)であるから、これを引用する。

そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産の売買及び仲介等を目的とする被告人株式会社伊勢屋(以下「被告会社伊勢屋」ともいう。)の実質経営者として同社の業務全般を統括するとともに、同様の目的で設立された被告人株式会社マックホームズ(以下「被告会社マックホームズ」ともいう。)の代表取締役として同社の業務全般をも統括していた被告人園部一豊(以下「被告人園部」という。)が、右各被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の企画料や支払手数料等を計上したり、雑収入(被告会社マックホームズについて)や受取利息を除外するなどの方法により、それぞれ所得を秘匿した上、いずれも虚偽過少の確定申告書を所轄税務署長に提出し、被告会社伊勢屋の昭和六一年九月期及び同六二年九月期の法人税合計一億四五一三万五二〇〇円、被告会社マックホームズの同六二年六月期及び同六三年六月期の法人税合計三億五三五三万二一〇〇円を免れさせたというものであって、各被告会社の逋脱額が高額である上、逋脱率も、被告会社伊勢屋が通算八二・七パーセント、被告会社マックホームズが同七九・七パーセントといずれも高率である。被告人園部は、折からの不動産ブームに乗り、各被告会社の利益が飛躍的に増加するのを見て、これに対する法人税を免れ、手元に留保して両社の事業の安定と発展を図り、併せてサイパン島における事業資金を確保したいとの考えから、腹心の者に指示して、数十社に及ぶ架空会社名義の領収書用紙を外注印刷させ、ゴム印、印鑑などを用意し、これらを利用して、工事費、支払手数料、企画料、広告宣伝費等を架空計上して利益を圧縮し、その金額を架空会社名義の預金口座に入金させるなどしていたものである。このように、脱税の動機は、私企業の利益を国民としての納税義務に優先させたものであって、酌むべきものは認められず、また、その所得秘匿の手段方法も、直接的かつ大規模なものであって、犯情極めて不良というべきである。更に、被告会社マックホームズの関係では、右の方法によって蓄積した簿外資金を再投資して一億円を超える運用益を挙げながら、これについては全く申告していない。そして、サイパン島における事業については、戦死者の鎮魂や現地の生活程度の向上という意図も込められていたにせよ、同時に、それが簿外資金の海外逃避や運用という機能を営んでいる点も無視できない。のみならず、被告人園部は、本来各被告会社に帰属すべき簿外資金の一部を被告会社マックホームズの増資の払込金に充当して役員に株式を無償で配分したり、被告会社伊勢屋の社内の脱税協力者に現金で供与したり、果ては、自己が個人で建てたアパートの建築代金支払いに充当するなど、ほしいままに私用に供しているのであって、その責任は一層重大である。

してみると、被告人園部は、査察調査を受けた後は、反省し、これに協力したこと、架空会社名義の領収書等を大量に使用するという犯行手段は、極めて大胆な手口であるものの、査察開始後の反面調査には到底耐え得ない稚拙な面をも有すること、同被告人の主導の下、両被告会社とも起訴前に修正申告をして、逋脱にかかる法人税本税及び附帯税並びに地方税を完納したこと、各被告会社の運営及び経理システムを改善し、顧問税理士の指導を強化するなど、再犯が行われないよう措置を講じたこと、両被告会社は、不動産不況の追い打ちに遇い、苦しい会社運営を余儀なくされていること、被告人園部は、被告会社マックホームズの代表取締役を辞しただけでなく、不動産業者の団体の役員や信用金庫の総代を辞さなければならなくなるなどの社会的制裁を受けたこと、その他所論指摘の被告人らのために酌むべき諸事情を十分に考慮し、更に、原判決後も依然として経営環境は好転せず、両被告会社の経営状態は悪化するばかりであり、現在は、創業者である被告人園部の信用と努力によって辛うじて営業を継続しているものの、同被告人が服役するようなことになれば、両被告会社の経営は破綻し、従業員らはもとより顧客にも迷惑をかけることになる虞があることなど、原判決後に生じた事情を併せ考慮しても、被告会社伊勢屋を罰金四〇〇〇万円に、被告会社マックホームズを罰金一億円に、被告人園部を懲役一年六月の実刑にそれぞれ処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

(なお、原判決は、罪となるべき事実の第一において、被告会社伊勢屋につき、その昭和六一年九月期の「法人税の確定申告期限の経過後である同六一年一二月一日」に確定申告書の提出がなされた旨、法定納期限までに確定申告書を提出しない虚偽不申告逋脱犯に当たるかの如き口吻を用いながら、判文全体としては虚偽過少申告逋脱犯の構成をとっており、前後に矛盾が認められる。しかし、右申告、納付に関する期限である同年一一月三〇日は日曜日であるため、国税通則法一〇条二項により、その翌日である同年一二月一日がその期限とみなされるから、右前段の説示は、明らかな錯誤に基づく無用の記載であって、いまだこれをもって理由のくいちがいとするには当たらない。)

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

平成四年(う)第六八七号

○ 控訴趣意書

被告人 株式会社伊勢屋

右同 株式会社マックホームズ

右同 園部一豊

右被告人らに対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は、左記のとおりである。

平成四年七月一六日

弁護人弁護士 土屋東一

東京高等裁判所第一刑事部 御中

(控訴の趣旨)

原判決は、本件法人税法違反被告事件につき、被告会社伊勢屋を罰金四、〇〇〇万円に、同マックホームズを罰金一億円に、被告人園部一豊を懲役一年六月の実刑にそれぞれ処したが、刑の量定が不当に重いので、これを破棄していただきたい。

(控訴の理由)

一 原判決が、被告らに対し酌むべき事情として

<1> 被告人園部一豊は、査察の段階から素直に事実を認め、当公判廷においても反省の情を披瀝し、二度と違法行為に及ばないことを誓約しており、その誓約に信が措けること、

<2> 両被告会社は、共に起訴以前に修正申告をしてほ脱つにかかる本税、重加算税、延滞税、地方税をすべて完納していること、

<3> 被告会社マックホームズにおいて被告人園部一豊のワンマン体制を改め、業務分掌を明らかにしたうえ、顧問税理士の指導を強化するなど経理体制を整え、本件同種事犯の再発防止策が講じられていること、及び被告会社伊勢屋においても同様、再発防止策が見込まれること、

<4> 被告人園部一豊の経営方針に基づく両被告会社の勤労者用住宅の供給・維持などの企業活動を通じて、社会的な貢献をしていること、

<5> 両被告会社は、いずれも被告人園部一豊の事業に対する卓抜した先見性と実行力とによって支えられてきているもので、被告人園部一豊を施設内処遇することにより、両被告会社の業務運営に多大の支障を生じさせ、ひいては約二五〇名の従業員の生活に影響を及ぼさせる虞れが大きいこと

などをとりあげ、この点について格別のご理解を示して頂いたことを大いに深謝している。

しかしながら、結局、冒頭掲記の各刑、特に被告人園部を懲役一年六月の実刑に処せられたことは、いかにも重すぎるものと思われ、右罰金刑につきさらに一層の軽減を、右被告人につき右刑の執行猶予の判決をお願いしたいと考える。

原判決がこのような厳しい量刑を下された最大の理由は、原判決文によれば、

<1> ほ脱合計金額は、近時のほ脱事犯の中でも高額の範疇に属すること

<2> ほ脱率も被告会社伊勢屋について通常八二・七パーセント、被告会社マックホームズについて同じ七九・七パーセントで、いずれも高率であること

<3> ほ脱の手口は、架空原価の計上、雑収入の一部除外等であるが、被告会社伊勢屋については三六社分(うち五社分については被告会社マックホームズから融通を受けたもの)の、被告会社マックホームズについては二六社分の各架空名義の領収書用紙を印刷業者に印刷させ、或いは社名入りのゴム判を作ったうえ、各印鑑も準備し、これらを用いて架空経費を計上したもので、極めて計画的かつ大胆なものであること

にあったとされるのであるが、たしかに、このご指摘に対して、被告人らとしては、まことに申し訳ない気持ちで一杯である。しかし、それにもかかわらず、被告人らには、原判決よりも、なおあたたかい憫諒を賜われる特有の事情が存するものと思料する。ほぼ、三点にわたるが、

その第一は、本件脱税行為が反社会性の弱いものであること

その第二は、被告人らは、すでに、厳しい社会的制裁と打撃を受けていること

その第三は、被告人らはその企業活動を通じて社会的な貢献をしてきており、いわゆるバブル崩壊の今こそ更に、勤労者向け住宅供給を中心とする社会公共的な事業を発展させる機会を与えさせていただきたいこと

である。順次、分説する。(以下、被告人園部のことを単に被告人という。そして、同人に関し述べることを、同時に被告会社にも援用することにする。)

二 本件行為が反社会性の弱いものであることについて

脱税事犯は、いまや、単なる経済的犯罪にとどまるものではなく、反道義的・反社会的犯罪といわれ、その量刑にあたっては、行為者の悪性・反社会性に注目すべきことが強調されている。そして、その反社会性を捉えるためには、逋脱額、申告率(逋脱率)のほか、過去の納税成績、逋脱の動機、不正行為の態様、罪証隠滅の有無、逋脱額の使途、再犯のおそれ(経理の改善)、改悛の有無等を量刑要素として十分考慮する必要があるとするのが、一般である。

1 ところで、本件においては、原判決も指摘するとおり、両被告会社ともに、本件起訴以前に修正申告をして、ほ脱に係る法人本税、付加税及び地方税の全てを完納し、納税義務を全うするとともに、反省の気持を示した。

また、過去の納税ぶりについても、これまで特に問題はなかった。

2 次に、逋脱の動機及び逋脱額の使途について、被告人は、原審公判廷及びその検面調書において、各被告会社の資金力の充実と安定、及びサイパンにおける事業資金の確保にあったとし、次のように供述している。

「昭和六一年に、現地でのアパートやショッピングセンターの経営をするために、マックホームズサイパンを設立しました。サイパンは東京から近いし、戦争で日本人が数多く死んでいますし、何かお役にたてればということで作りました。」

「昭和六一年四月頃に、サイパンには三〇〇名程の在留法人がいましたが、汚いアパートに住んでいて、皆から頼まれて、(エムアンドティーコーポレーションを)アパートを建てるための会社として作りました。」

もちろん、このような動機は不届千万と言われても致し方ないものであるし面目ない次第でもある。しかし、被告人は浅草育ちの江戸っ子であり、戦時中実父が捕虜になり餓死したこと、母の再婚など幼い時の心の軌跡はどのようなものであったかと思われるが、大学時代は自動車部のキャプテンとして厳しい訓練の伝統を身につけ、社会に出ては身を挺して努力し、学び、そして才能を発揮して頭角を現わし、その業績によって社会への貢献も積み、またリーダーとしての風格と部下社員に対する包容力指導力は注目すべきものがある。

この点について具体的に見るべく、被告人の原審公判廷での供述を引用すると次のように供述しており、右供述は関係証拠により証明されているところである。

まず被告会社マックスホームズの組織等については、

「当時の社員は五名で殆ど大蔵屋時代の仲間でした。会社は、昭和五五年に三千万、同五八年に六千万、同五九年に九千五百万、同六三年に一億五千万、去年四億五千万に増資をしました。

「本店は、同六〇年にマック西新宿ビルを作り、社員四、五〇人になり、同六二年から、有名になったのか、信用がついたのか、大卒が一〇人位きてくれるようになり、平成元年に現在のネオックス新宿ビルに移りました。」「現在、会社全部で二五〇名以上の従業員がおり寮や厚生施設も充実させており、同業他社に比べて定着性は高く、社員も居心地がいいと言っています。」

というものであり、次に同会社の業績等については、

「会社の業務としては、建設省令で定められた、東京不動産信用保証株式会社発行の前金保証書を発行してもらうまでが大変でして、私と久保島のキャリアで一年かかってやっと発行してもらいまして、それから、マンション分譲業務が発展していきました。」

「また、大分の飯田設計事務所の川辺先生が開発した、無駄や手間を省き、合理的な工法で、予算を半分にまでおさえたローコストでやっており、大手会社もやっとこの工法をとりいれるようになりました。」

「私共が今もやっておりますローコスト・ハイクォリティというものを松本、長野、宇都宮、仙台と広げていきまして、五〇年代前半で年商三〇億、後半で六〇億位までに達しました。現在、年商二五〇億、年売上個数千戸になっていて、うちのお客様の主流は、年収六〇〇万円位のサラリーマンであり、うちの物件は月返済三万円で買える値段であり、公団の家賃よりも安くて所有権を取得できるわけであり、サラリーマンに安いマンションを提供するという私の理念が理想どおりに実現されたと思っています。」

「マックサービスは独自の良いマンション管理をやろうということで、採算があわない業務ですが、そういう趣旨で作り、他のマンションも全て独自の管理サービスをきちんとやっています。東京宅建学院は、一般人のための宅建取引主任免許取得の学校で、都の許可等も必要としない単なる会社組織であり、昭和六三年に作り、約三年間で四〇〇人の合格者を出しています。」

というものである。また伊勢屋は、

「当初、賃貸アパートが主であり、それからマンション分譲を手がけるようになりました。昭和五七年から同六〇年までは、平均して一〇億円位の売上げがあり、それから、2DKで一、五〇〇万円位のものを私が指定して売り出し、同六二年、六三年には三〇億円位になり、その後、首都圏の地価が高くなり、甲府でも売り出して、平成元年で五〇億円の売り上げになっています。また、アパートの管理もやっており、五、六年してから、地主さんから紹介が来るようになり、現在、管理しているアパートは九〇〇戸を越えて地域に密着した事業で成功したと思っています。」

というものである。

これらはいずれも、サラリーマンが購入可能な住宅(マンション)供給という目標に向かっての、被告人の信念と創意工夫、そして努力の成果ということができる。

こうしてようやくそれまでの刻苦が実り、第二次世界大戦争で捕虜となり餓死した実父への思いと、同大戦におけるサイパンの悲劇の鎮魂を重なるものとしてイメージした被告人として、会社大事、社員大事と思い、そしてサイパンを人々の平和な憩いの場としたいとの気持にかられた心情は、その限りとはいえ多くの人の共感を誘うものがあり、裁判所におかれてもこのあたりの被告人の心情をお酌みとりいただきたいと切望するものである。

またここで、着目してほしいことは、脱税を個人の遊興その他いかがわしい目的を遂げるための手段にしようとする計画的意図は全くもっておらず、事実、そのような行状もなかったことである。

3 他方、脱税の手段とした「架空原価の計上」「雑収入の一部除外」「架空経費の計上」も、もってのほかの行為なのではあるが、他の陰湿な方法や手のこんだ狡知な方法がなかったことはせめてもの幸いであったし、右「架空経費の計上」の方法にしても、実在者を介在させるのではなく、架空の会社名の領収書等を印刷して、架空の経費を計上するという初歩的な方法であったことも、類を他に及ぼすことなく、せめてもの救いだったといえよう。

このようにして得た裏金の保管方法も、あれこれ手段を弄して隠匿するというものではなく、収支が明らかになる方途を講じていたし、その他証拠隠滅工作もなく、当局の調査を受けて以来、被告人が自己の非を強く反省して調査及び捜査に協力したことは、当然のこととはいえ、評価して頂けるものと信ずる。

4 被告人らは、会社運営及び経理システムのあり方を改善し、相互チェックの機構を整備し、顧問税理士の指導を強化するなど、再犯なきを具体的に講じた。

具体的には、稟議制度を強化して、各役員のチェックがなければ資金が動かないようにするとか、資金は全て資金部を通し、そこで厳重にチェックする、新規の取引先も全て資金部がチェックする、支払いは全て銀行振込にして、現金や小切手の支払いを禁止する、また、コンピューターを導入して、日計表を作って、資金の動きをチェックするなどを制度化したのであるが、このような再犯防止の措置を講じたことを、原判決も認定しているところではあるが、被告人のために更に十分にご勘酌賜りたいのである。

以上要するに、被告人の本件行為は反社会的なものであるが、比較的にいえば、その程度はむしろ軽い部類に属し、まして、被告人の本来もっている性向は決して反社会的なものではないのである。原審弁論で強調したように、反省の情は顕著であり、もとより再犯のおそれはない。これらの点は、原裁判所でもおおむねご諒察頂けたところであるが、控訴裁判所でも、より深いご洞察のもとでのご検討を煩わしたい。

三 被告人がすでに厳しい社会的制裁と打撃を受けていることについて

1 被告人の脱税額は、通常人の経済感覚とは余りにも大きく隔たった巨額である。とはいえ、それがそのまま被告人の利得となったわけではない。

被告人は本件ほ脱利益を私せずサイパンへの投資など被告会社のために用いたことは前述のとおりである。しかも現状は、原審公判廷における被告人の供述、すなわち

「サイパンの状況は(国内に比較して)さらにひどいものです。海外投資した業者は全部だめになっています。」

「(今後も経営を続けていくための資金について)自分でもどうしていいかわからない状態です。今持っている物件を売却していった中からだす以外にはないだろうと思っています。」

に端的に示されているように、また昨今マスコミの報道、論説を待つまでもなく周知のように、不動産業界は今や瀕死の状態にあって、右被告人供述中の「今持っている物件を売却」しようにも買手はつかず、買いたくとも金融機関から不動産取引目的の資金は全く出ない状況で物件が全く動かないのであって、本件犯行によって被告人らが得た利益は、まさに泡となって消え失せ一円たりとも残っていない。自業自得の面もあるにせよ、被告人及び被告会社らは少なくとも現在、本件により利得は全く失い尽したといい得る状況にある。

2 しかも被告人及び被告会社のこのような窮状は、もちろん主として狂乱状態とも評された不動産産業を席巻した時代の流れによるものではあるが、付け加えて当局の調査の対象になったことも大きな原因となっている。本件と直接かかわりはないものの、本件対象第一期において、その所得の計算上一日違いの故をもって税法上更生決定を受けたものとして二八億円余を納付し、本件告発分を含めて二事業年度で合計四〇億円余の法人税(付加税を含む。)を納めたことによって、両被告会社は、自業自得とはいえ資金逼迫の状態となった。殊に被告会社マックホームズは、

「資金不足という状態です。昨年(平成二年)四月の総量規制までは、造ったマンションの一部を同業他社に卸して資金の早期回収を図ることができました。しかし、規制でそれができなくなってからは、金融公庫等公的なものを利用する場合でも資金回収には一年半以上かかるようになりました。現状としては運転資金の要請が私の銀行にもきています。」

「(銀行としては)融資残高が多いノンバンクの総合住金および第一住金に呼び掛けて協調融資を行うつもりです。具体的には、平成四年六月期の売上に対する運転資金として二〇億円が必要と見込まれます。既に一一億円の融資が行われています。」

「マンションを一般ユーザーに提供するというマックホームズの社会的・公共的性格から、また、取引銀行の責任から、副社長クラスの財務担当役員の人的派遣を考えています。」

という(山口拓治日本信託銀行取締役・新宿支店長の原審公判廷の証言)ことで、いまや実質上いわゆる銀行管理に近い状態になってきており、被告人としてもこうなっていくのをおし止めることはできなかったのである。一方、マスコミには査察、告発、起訴とそれぞれの段階においてきびしく叩かれるなど、ほかにも、調査の有形無形の影響は枚挙のいとまもない程苛烈であった。

3 以上の動きの中で被告人は、被告会社マックホームズの代表取締役を退いただけでなく、中堅不動産団体の三大団体である、社団法人日本住宅宅地営業協会(略称日宅協)、住宅産業協会、日本ハウスビルダー協会のうち、最大の組織を持ち、東京神奈川で一四九社、全国で六六四社の加盟会社を有しかつ三〇年の歴史があって、住宅建設を促進することによって社会に貢献することをその設立の目的とする右日宅協の理事及びその分会である住宅流通委員会の副委員長の職や約二〇社の中堅不動産会社で構成し分譲住宅等を協同事業で安く提供しようという趣旨を持つ総合住宅共同組合の理事兼共同企画委員長や武蔵野信用金庫の総代等の地位と名誉を放棄せざるを得なかったのである。このように、被告人は、厳しい社会的制裁を受け、いまや社会的に葬り去られる寸前にあると言ってよいほどの打撃をこうむっている。にもかかわらず、原判決のように、これ以上、追討ち的に厳罰を加えることは、過剰苛酷と思われる。

四 被告人は、各被告会社就中同マックホームズにおいて、一般の給与所得者向けマンション分譲業者としてその事業を通じて大いに一般市民社会に貢献してきたものであり、この点を更に評価していただきたい。

原審裁判所も、勤労者用住宅の供給・維持などの企業活動を通じて社会的な貢献をしているとしてこれを評価したところであり、また原審弁論において陳述したところであるので、執拗との叱責を受けるかもしれないが、なんとしても裁判所のご理解をいただきたいとの気持から、これを覚悟で以下申述する。

被告会社マックホームズは、我国におけるマンションの開発分譲に関し中堅ディベロッパーとしての位置付けを認められたものであり、いわゆるバブルの申し子である地上げ屋ではない。同会社は、被告人園部がマンション分譲を主たる目的として設立した会社であって既に一五年の歴史を有し、資本金四億五〇〇〇万円、従業員約二五〇名を擁する企業であるところ、右会社の分譲するマンションは、いわゆる第一次取得者向けのもので、その取得者の平均年収は三〇〇~四〇〇万円に、分譲価格は、一戸当たり約二〇〇〇万円前後に止まるものであり、かつ面積は約二〇坪で第一次取得者層の家族構成等での通常の需要を満たし、かつ駐車場設備も備わっている上、住宅金融公庫等公的資金の利用が認められる基準に達する建築・仕様・環境を有するものである。

この点につき前記山口証人は、

「マックホームズの特徴は、需要家側に立った、誰もが買えるマンションという商品企画にあります。」

「オイルショック後マンションが低迷した時代がありましたが、所得倍増で持ち家政策を推進したときの大手企業が都心の社宅を土地付で売却したことに着眼し、それを再生して新築マンションの半値で供給するということをやりました。これは、五〇年代のリフォームマンションのブームを引き起こしました。」

「マックホームズは一次取得者に根ざした商品企画が貫かれており、中小企業ではなかなかできないアフターサービスもしっかりしており、住宅確保という社会的な貢献度は大きいと考えます。いわゆる地上げ屋ではなく、誠実な会社であり、ユーザーからも企業としての組織だった体制や安定性が要求されているからです。」

「(誰もが買えるマンションとは)安くて駅に近く、適切な広さがあるという条件を心掛け、年収三〇〇~四〇〇万円の人がアパートの賃料程度のローンで買えるマンションです。」

「平成元年以降は八〇〇戸台、九〇〇戸台と急伸しています。これは、地方都市への展開に早くから目を付け、新しい工法による安いマンションの開発を手掛けたからです。」

「(新しい工法とは)防衛施設庁のOBが開発したもので、ユニットを大量発注し足場を造らない合理的な方法で、坪当りの建設費は都心で比較しますと従来の半分以下になります。」

旨証言している。

更に同証人は、被告人園部自身につき、

「マックホームズは園部被告人によって急成長した会社です。」

「(同人は)生粋の江戸っ子で、決断が早く、爽やかな印象を持っています。需要家にマンションを供給するという信念を貫き、一般的には利益を求めていわゆるオクションに走る傾向があるのに、労多くして益の少ないマンションを、持ち前の商品企画力と販売力で多数供給してきています。企業は人なりの観点から、若年の指導・育成に力を注ぎ、その信用は、社内のみならず我々取引銀行でも高いものがあります。社会的な活動としても、不動産業界の中でも最も大きな団体である社団法人日本住宅宅地経営協会の理事をされていた。」

との評価がなされていることを明らかにしている。金融機関は企業の信用性を計る時、その経営者の能力とりわけ人柄を見ることは周知のことであり、経済人としての被告人の評価が高いことを物語っている。

右のような評価を得ている中で、被告人は「誰にでも買えるマンション」供給という創業理念を、ローコストマンション工法の開発と、大都市圏における地価高騰による低廉マンションの供給困難の状態が発生するや地方都市でのサラリーマン向けファミリーマンションの開発を進めるなどの企画などを通じてかたくなまでに貫こうとしているのである。

安価で堅牢な住宅をかくも大量に供給し、いわばサラリーマンの夢を実現させ、あるいは赤字経営をあえて覚悟の上で、宅建取引主任者の養成のための学校を営み、同主任者の国家試験で高い合格率をあげるなどしてきた被告人の社会への貢献度ないし公共性は非常に高く評価されてよいとするのは弁護人だけではあるまい。

このように人並み外れた才能と実行力を有する被告人園部につき、長期間獄に繋ぐのは国家的な損失というほかはなく、むしろ社会内処遇を考えることこそ、真の刑事政策であると申し上げたい。

当裁判所におかれても、いわゆるバブル崩壊の今こそ、一般勤労者向け住宅供給を中心とする社会貢献度の高い事業を発展させ、世のため人のため働く機会を被告人園部にお与えくださるよう切望する次第である。

五 原審における弁論でも申述したところであるが、従来の脱税事件判決の実情をみると、いかに被告人に有利な情状を立証しても、所詮脱税額のいかんが実刑か否かの決め手であると言われ、現在実刑か執行猶予かの境界は脱税額が三億円台だと言われている。しかし過日新聞の報ずるところによれば、さる著名ベンチャービジネスの創業者が株式売買益によるほ脱税額にして四億四、〇〇〇万円余の所得税法違反で在宅起訴となったとのことで、検察における実刑基準の見直しが行われ出したのではないかと注目されているところであるが、控訴裁判所におかれては、右に述べたような、本件における特有の事情をあらためて勘案されて、ぜひとも原判決を破棄し、被告人園部に対し執行猶予付の判決を、各被告会社についてもさらにご寛大な裁判をお願いする次第である。

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